18ヶ月目

報告書要約
歳を取ると、昔と比べて1日は長く1年は短く感じる、というが、私はこのフィジーで1日は短くあっという間に過ぎ1年も短く感じている。早いもので任期2年の活動の3/4が過ぎた。この1年6ヶ月、特に任期半ばを過ぎてからの最近の6ヶ月のことを振り返ってみた。フィジー滞在6ヶ月目にも記したように、限られた2年間という任期の中であれもこれもよくばってしまうことはせずに、ある程度活動内容を絞って取り組んでいきたい、と考えていた。そこでこの半年の間、私が特に力を注いだのが「日々の授業」と「授業研究」である。日々の数学の授業においては、今では3/4を「4分の3」ではなく「3分の4」と読み間違えてしまいそうになることも時々あるように、こちらでの数学の授業にどっぷりと浸かっている。(しかしこれは、日本に帰ったときに本当に危ない。)授業研究においては、後の活動の進捗状況にまとめる通りである。しかし活動は、これだけだといってもいいくらいであった。したがって以下の内容で、1、活動の進捗状況、2、課題解決に向けた取組み・進捗・結果、3、活動事例の紹介、の内容がかなりの重複をしてしまっている。 しかし、この「日々の授業」と「授業研究」の2つに関して結果はまだまだ先に出てくるものであろうが、真摯に目の前にいる人のことを思いながら取り組んできた。       
人生の中で嬉しくて目頭が熱くなることは、それほどあるものではないと思う。(人にもよるが。)私自身、今まで人生の中でそれほど感情的になることも少なく、感動することはあれども、底から湧き上がってくる感情というものはそれほど経験したことが無い。私がこの半年の活動の中心の一つに据えてきた「授業研究」を行っていく中で、目頭が熱くなる経験をした。私は今、配属先の先生方のサポートに感謝している。たまには腹が立つこともあるし、「何でそうなるの?」と不思議で不思議でしょうがないこともある。しかし公開授業を終えた今、数学科の先生方が握手を求めてきたときには、目頭が熱くなった。嬉しかった。何度も足を運んだものの結局出されていなかったレター出しや、何度もすっぽかされた打ち合わせなどを、根気強く行い、今振り返ると良くやったなぁ、と思う。もちろんこれで任期が終了するのでもなくあと半年まだまだこれから先があるわけだが、 頑張ってきたことが少しは報われる思いがした。これからもこれで頑張っていけそうな気がする。
ただ、残りの任期も短くなってきている今、授業研究・公開授業に関しては、行ったことで満足するのではなくこれがスタートとなるようにしたい。そして、日々の授業、ワークショップ運営、とともに、授業研究・公開授業、それも現地の先生方だけで組織化運営開催ができるよう、力を尽くしたい。彼らのためにも、また今後のフィジーの数学教育のさらなる発展のためにも、感謝の気持ちを忘れずに活動にさらに取り組んでいきたい。

1、活動の進捗状況
私の活動の柱は「配属先の数学教育の向上」「ワークショップのサポート」「他校との連携」である。任期の前半は自分自身が活動をスムーズに進めていくためにも、まずは学校の一教員でありたい、と考え数学の授業に力を注いだ。またパイロット校6校に配属されているボランティアと協力し、ターム毎にワークショップを開催してきた。それらの中で、フィジーの数学教育の現状と問題点を肌で感じ取ることができた。
私が特に感じたことは、指導力の向上が必要なことである。 私は、指導力の向上が生徒の学力向上の全てであるといっても過言ではないと思う。そこで今年度に入り特に力を入れたのが、授業研究への取り組みである。校内での研究課題を、先生方との話し合いの結果「生徒中心の授業」に定め、授業研究を行ってきた。これは普段の現地の先生方の授業が「チョーク アンド トーク」に代表されるような教師中心の授業で、数学の面白さや解く喜びなどを感じる場面が少ない、また興味や関心を高める授業が少ない、と感じたからである。本校ではこの授業研究を、ターム1とターム2で計8回に渡り全教員で行ってきた。また8月のワークショップ内では、本校の数学科の先生方全員でこの1年間の研究授業の取り組みの発表を行った。授業研究というものは早急に大きく効果を齎すものではなく、地道に取り組み、いつの日か気が付くと指導力が向上していた、というものであろう。したがって、今年度については一先ず終了であるが、今後長いスパンで取り組んでいく必要がある、と考える。
もうひとつ力を注いだのが、公開授業である。これは9月24日に、本校で私の昨年度のカウンターパートが行なった。 今年度のカウンターパート(HOD)が公開授業後の研究協議の司会進行を行い、CDUの方に助言者として指導助言を仰いだ。参加して下さったパイロット校6校の先生方、ボランティア、本校の数学教員、計23名での議論は、よくありがちな「ありがとうございました」や「良かったです」ではなく、ポイントを幾つかに絞り進められていった。
私は、本校で授業研究を行なっていた後半あたりから、これらのことをボランティアのサポートなしで現地の先生方自身の力で取り組めるのではないか、と考えるようになった。そこでこの公開授業については、私はレター出し交渉と助言者の方との打ち合わせ、受付、ビデオ係を行い、授業者の選考、指導案のチェック、印刷、授業、研究協議の司会進行、書記、助言者、その他すべてを現地の先生方で行うことができないか企画した。
指導力向上についてのやり方は様々であり、例えば自分が授業を行いそれを毎日カウンターパートに見せ学ばせる、や、授業に入り込みをして一緒に授業を行っていく、などそれぞれである。また当たり前のことだが、人それぞれ考え方が違うように、やり方やアプローチのあり方は異なって当然である。 むしろ様々な方法がある方が望ましいと思う。ただ私自身、活動途中から感じることがあった。上記の方法ももちろん有効で効果があることは言うまでも無いが、ただそれでは私たちボランティアが何年もかけて活動しなければならないのではないかと。私は特に教育は、国の根源を成すとても大切な部分で、教育向上が国力(国の財力体力等)向上に直結していく、と思っている。ただ、早急に解決したり改善したりできるような問題ではなく、もっと言えばゴールがあるわけでもなく、長きに渡り地道に取り組んでいくべきことである。ボランティアに教えられた先生は確かに力もつき、そこから広がっていくことももちろん考えられる。しかし私はそれよりも、指導力向上の話し合いや指導の助言は現地の先生方どうしで行い、私自身はそれのサポートにあたる、ということも方法の一つで且つ良い結果を齎すのではないか、と考えるようになった。また今更ながら正直に言うと、私はフィジーの数学教育について、背景や将来の展望についてなどすべてを知ることができていない。あくまでベースは日本での数学教育である。加えてフィジーの理数科教師の場合、 後任が来ることは決まっているものの、すぐには来ない学校もある。折角のパイロット校としての6校の関係を活かさずに、個々で収束するより、幾人かの現地の教員がリードする形で、彼らが彼ら自身の手で指導力向上を目指す取り組み作りを行い、私はその方法提案などのフォローアップを行っていくのが良いのでは、と考えている。
残りの任期の中で、日々の数学の授業とともに、これらのことを今後どうしていけばよいか考え、実際に取り組んでいきたい。またできれば、後任の方々への引継ぎをどうすればよいか、ということも合わせて考えていきたい。

2、課題解決に向けた取組み・進捗・結果
任期半年を過ぎた頃には、日々の授業を真面目に取り組んだ、といったこと意外結果といえる結果が見られず、例えばワークショップ等で学んだり知ったことを普段の学校生活の中で自分も現地の先生方も活かしきれていない、と感じていた。どうすればもっと現地の先生方にとって有益で効果があるのか、を考え授業研究を行うことではないか、と考えた。今年、全教員で計8回の授業研究を行ったが、行った先生方からも好評であった。発表が好きでまた得意の彼らにとって、 授業研究は良い方法だったと感じている。また行ってみて気付いたことは、彼らは客観的に自分の良い点をすでに理解している、ということである。改善すべき点を指摘されると、言い訳のようなことを言うこともあるが、案外素直に耳を傾ける場面も多かった。回を重ねていくと、以前に行った先生の授業研究での反省点(例えばコーラスさせているなど)が見られない先生もおり、やはり他の先生の授業を見ることも良いことだと感じた。この授業研究という取り組みは、フィジーでは今までには無かった取り組みで、100点満点とまでは行かないまでも、少なくとも本校の先生方にとっては有意義なものであったといえると思う。 
授業研究を始めて後半に差し掛かったターム2頃には、前述の通り、これらのことを現地の先生方だけで実施できないか、と考えるようになった。当然フィジーにおいて初めての授業研究であるから、分からないことや抜けてしまう部分も出てくるだろうから、ある程度のサポートは必要である。ただやはり、彼らが彼らの力でお互いに切磋琢磨することが、本校やパイロット校全体の、将来的にはフィジー全体の指導力向上に繋がると考え、 9月24日に予定していた公開授業をそれに充てることを計画した。これも前述の通り、助言者との打ち合わせ、レター出し、当日の受付、ビデオ撮影、は私が行ったが、他のこと、例えば日程計画、指導案チェックはカウンターパートが中心に、会場準備等は数学教員全員で、授業者、反省会の司会進行、書記もボランティアではなく現地の先生方だけで行うよう計画した。また、事前研修としてJICAから授業研究のDVDを借り、本校の先生方と一緒に観る勉強会を開いた。当日の反省会での議論も、初めてにしては漠然とした話し合いではなくポイントごとの話し合いができており、意義深いものになったと思う。
もし今後、この公開授業がパイロット校内でまたパイロット校を中心にして他の学校へも波及していくことを考えるときに、今回の公開授業が足がかりとなるのではと期待している。今の段階での新たな課題は、授業研究にしても公開授業にしても、実施計画、準備、等、実際の実施の中でもっと精選していく必要がある、と感じている。先生方の負担をできるだけ少なくし、且つ効果のあるフィジー流の授業研究というものがどういったものなのか、 を探っていきたい。

3、活動事例の紹介、成功例失敗例
(1)この半年の私自身の実際の大きな活動は、学校での日々の数学の授業、先生方と共に行う授業研究、パイロット校を巻き込んだ公開授業、であった。その中で工夫というか特に意識したことは、学校での数学の授業では私が中心であるが(一人で授業しているので当たり前である)、授業研究は先生方と共に行なうスタイルを取り、また公開授業では現地の先生方が中心となって取り組むことができるようにする、といったことである。前述の通り、特に一年を過ぎた頃から私は数学教育向上、特に指導力向上に向けた取り組みは、私が中心になって動くよりも、現地の先生方が中心であることが理想だと考えるようになったし、現場にいる中でそういう風に感じることが幾つかあった。指導力向上を狙うならばどうすればよいか、私たちボランティアがびっちり張り付くこともありだが、フィジーの国の教育は彼ら自身の手で何とかすべきではないか、そして幾人かの優秀な教員を中心にしていくなどしてそれは十分にできるのではないか、と感じるようになった。彼らは方法や仕組みを知らないだけで、 それをこちらが見極め丁寧に伝え実践し、彼らが彼ら自身の方法で取り組むことが、教育の更なる発展を生み出すのではないか、と考えるようになった。そのための方法は様々であるが、私はフィジー滞在12ヶ月目で述べた理由で授業研究を中心にしたいと考えた。工夫といえるのかどうか分からないが、結果的には良い取り組みになったし、今後も期待ができるものになるのではないかと思っている。
(2)上記と矛盾するかもしれないが、授業研究を行なう中で感じたことは、指導力向上への道のりは実際には険しい、ということである。人に見てもらうために準備をし、工夫もすることができるのだが、研究授業を行ったことだけで満足してしまうケースが少なからずある。研究授業を行うことはあくまでも過程の一つであり、そこから研究協議を経て良い点はさらに伸ばし改善すべき点は次以降で意識するなど、次をどうしていくかが大事である。授業の終わりが次の改善された新たな授業の始まりである。そのことを伝えるのだが、なかなかその「次」が難しい。しかし、この授業研究という取り組みが彼らにとって初めてであることだから、しょうがないことだとも思う。 現段階では、受け入れてもらい実際に実施したという事実を大事にしていかなければならないのかもしれない。場数を踏み何かしらきかっけとなるようなことが彼ら自身の中でもっとあることで、学べることが格段に増えるかもしれない。取り組んだことに対する答えは、長い目で見る必要があると感じている。

4、任国の人々の変化(活動のインパクト)
(1)配属先の人々の変化については、一番顕著に現れているのは生徒の数学の授業に対する姿勢が変わった、ということであると思う。本校の生徒は、勉強が得意な生徒は少なく、特に数学の授業では、正直固まった状態であった。間違った答えを言うと、怒られ罰を受けることもしばしばあった。しかし、私が授業を行っているクラスの生徒は、私が数学の授業を行うことを毎日楽しみにしていてくれ喜んでくれる。他のクラスにも自習監督によく行くが、自習ではなく数学の授業をするとこれも喜んでくれる。普段教えていない生徒も、休み時間放課後に質問によく来る。私の授業では、間違えた答えであっても怒らない。だから思い切って答えることができる。ただし、正解不正解はすぐに言わず「なぜ?」と聞くので、 答えの理由を言わなければならない。そこで考える力がつき、また周りの生徒も理由を聞くことで理解ができ、相乗効果を生み出せる。理数科教師として派遣されているわけだが、数学ボランティアであるより、数学教師としてありたい、と考えている私にとっては、生徒が数学を得意になることも大切だが、それと同じくらいもしくはそれ以上に、数学の授業が好きになる、ということは大切なことであると考える。先生方への授業研究のフォローアップやワークショップの運営なども活動の大事な取り組みであるが、やはりまずは目の前にいる生徒達に対してできること、と思いこれまで活動してきた。上記のような変化は、他の人からするとほんの小さなことに過ぎないと思われるかもしれないが、私にとっては本当に嬉しく、また日々の励みにもなる。
(2)フィジー滞在6ヶ月目で記載したことと、それほどの変化は無い。今でも同僚に「ビッグブラザー」と呼ばれることがある。私自身が特にそうなのであるが「時間をきちんと守り、休まない、授業に遅れない、頼まれたことは必ず守る、約束を守る」といったことが日本人の特徴だと思われており、 そこから信頼感も得ていると思う。
一度、日本の歴史教育について先生方と話しをする機会があった。彼は社会科の先生で、日本では歴史教育を小学校から行なっていること、だから日本人は日本が好きだということ、を話していた。そのようなことを考えたことがなく、フィジーではどうなのかと尋ねると、歴史教育はシニアになってから勉強するとのこと。そんなこともあり、特にインディアンはフィジーにそれほど愛着を持っているわけでもなく、ニュージーランドやオーストラリアに移住するのだ、と話した。自分が日本にいるときは、日本人であることが当たり前で、日本が好きかどうかと考えたことも無かったが、そう言われてみると自分の国についてよく理解しており、フィジーへ来てから日本について深く考える機会が増えた。

5、【任国の食事】配属先であるスバサンガムカレッジはインド系の学校で、生徒はフィジアンとインディアンが同じくらいの割合であるが、先生方はインディアンの先生が多い。数学科の先生は全員がインディアンである。そんな訳もあり、お昼はロティを一緒に食べることが多い。フィジーへ来て早々ロティパンを買い、毎日ロティを焼いている。中身のカレー等は時々作って持っていき、色々な先生方とシェアもするしいただくことも多い。焼き始めて1年6ヶ月になるが、未だに納得のいく1枚に出会えない。
【任地での広報活動】毎年5月初旬に、コカコーラゲームという陸上競技の全国大会が行われる。その試合のため本校では生徒は2月から練習を開始するのだが、今年は私がコーチとなりその指導に当たった。そのことで新聞社から取材を受け、生徒と共に写真とコメントが載せられた。(FijiTimes4/26)このことは理数科教師としての活動とは違うものかもしれないが、個人的には学校の一員として数学教育と同じく一生懸命行ったことなので、思い出深いものとなった。また生徒達にとっても、毎日の練習を休まず取り組み良い結果も残すことができたので、この記事はとても嬉しかったようであった。

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